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東京高等裁判所 昭和60年(ネ)2870号 判決 1987年8月31日

控訴人・附帯被控訴人・当審反訴原告 株式会社 フロンテア緑地

右代表者代表取締役 栁生茂樹

右訴訟代理人弁護士 萩原剛

萩原克虎

伊豆鉄次郎

被控訴人 北澤治

被控訴人・附帯控訴人・当審反訴被告 板垣ヨシ

<ほか一名>

右被控訴人ら三名訴訟代理人弁護士 丹沢三郎

主文

一  本件控訴を棄却する。ただし、物件目録の差替えに伴い、原判決主文第二項を次のように補正する。

本判決別紙物件目録記載(二)の土地及び(三)の土地につき、被控訴人板垣ヨシ及び板垣昭男が各二分の一の割合による共有持分権を有することを確認する。

二  控訴人の当審における反訴請求並びに被控訴人板垣ヨシ及び被控訴人板垣昭男の附帯控訴による新たな請求を棄却する。

三  当審における訴訟費用は、全部控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の申立て

一  控訴人

(控訴の趣旨)

1 原判決を取り消す。

2 (請求を一部減縮した上)被控訴人北澤は控訴人に対し別紙物件目録記載(四)の建物を収去して同目録記載(二)の土地部分を明け渡し、かつ、昭和四九年七月一八日以降右明渡済みに至るまで一箇月金七三一六円の割合による金員を支払え。

3 被控訴人ヨシ及び昭男の請求を棄却する。

4 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

5 2につき仮執行の宣言

(附帯控訴の趣旨に対する答弁)

附帯控訴を棄却する。

(反訴請求の趣旨)

1 被控訴人ヨシ及び昭男は各自控訴人に対し別紙物件目録記載(三)の土地部分を明け渡し、かつ、昭和四九年七月六日以降右明渡済みに至るまで一箇月金七六八四円の割合による金員を支払え。

2 反訴費用は被控訴人ヨシ及び昭男の負担とする。

3 1につき仮執行宣言

二  被控訴人北澤

(控訴の趣旨に対する答弁)

1 本件控訴を棄却する。

2 控訴費用は控訴人の負担とする。

三  被控訴人ヨシ及び昭男

(控訴の趣旨に対する答弁)

1 本件控訴を棄却する。

2 控訴費用は控訴人の負担とする。

(請求の趣旨―物件目録の差替えに伴う補正)

1 別紙物件目録記載(二)の土地及び(三)の土地部分につき被控訴人ヨシ及び昭男が各二分の一の割合による共有持分権を有することを確認する。

2 (附帯控訴による新たな請求―附帯控訴の趣旨)

控訴人は被控訴人ヨシ及び昭男に対し別紙物件目録記載(一)の土地につき昭和二七年一一月七日時効取得を原因とする持分各二分の一の所有権移転登記手続をせよ。

3 附帯控訴費用は控訴人の負担とする。

(反訴請求の趣旨に対する答弁)

1 反訴請求を棄却する。

2 反訴費用は控訴人の負担とする。

第二当事者の主張

一  控訴人

1  被控訴人北澤との関係

(請求の原因)

(一) 別紙物件目録記載(一)の土地は訴外松元ヨシが所有していたが、控訴会社は、昭和四九年七月五日松元から同土地を代金三六〇万円で買い受け、同月九日所有権移転登記を経由した。

(二) 被控訴人北澤は、同月一八日以降右土地の一部である前記目録記載(二)の土地部分に同目録記載(四)の建物を建築所有し、同土地部分を占有している。

(三) 右土地部分の前同日以降の賃料相当額は、一箇月七三一六円である。

(四) よって、控訴人は被控訴人北澤に対し控訴の趣旨第二項のとおりの判決を求める。

(被控訴人北澤の抗弁に対する認否)

別紙物件目録記載(二)の土地上に訴外北澤まつ名義の建物が存在していたことは認めるが、その余の事実は1の(五)を除いてすべて否認する。

控訴会社が取得した当時の同目録記載(二)及び(三)の土地の状況は更地状態であって、被控訴人らがその全部又は一部を占有していることを推知し得る表示物は何一つ存在せず、以前存在していたとされる旧建物(アパート)の登記簿上の所在地番は横浜市港北区日吉町字谷戸三七番地二とされていた上、同番の土地は公図上広大な土地となっており旧建物の所在地番から本件土地の占有者を推知することは不可能であった。したがって控訴会社が同目録記載(一)土地を買い受けるに当たっては具体的占有者名や占有開始時期を通常の注意を払えば的確に知り得たとすべき客観的事実は存在せず、時効の利益を有する他人の存在の確知は勿論予見さえもしていなかったのである。また、松元との売買契約で決めた代金も客観的に相当な価格であり、特約条項も将来所在地番に関し紛争の生ずることを予想して設けたもので、右土地所有権の時効取得者の存在に対処するための手当てとして設けたものではない。これらの事実からみれば、控訴会社が背信的悪意者に当たらないことは明白である。

2  被控訴人ヨシ及び昭男との関係

(被控訴人ヨシ及び昭男の請求原因に対する認否)

(一) 請求原因1の事実は否認する。

別紙物件目録記載(二)及び(三)の各土地部分はいずれも控訴会社所有の同目録記載(一)の土地の一部である。

(二) 同2の事実は(五)を除いてすべて否認する。

(抗弁)

仮に、被控訴人ヨシ及び昭男がその主張どおり前記目録記載(二)及び(三)の土地の占有を継続したとしても、控訴会社は昭和四九年七月五日松元からその所有の同土地を代金三六〇万円で買い受け同月九日所有権移転登記を経由した。

(再抗弁に対する認否)

被控訴人北澤の抗弁に対する認否と同一であるからこれを引用する。

(反訴請求の原因)

(一) 別紙物件目録記載(一)の土地は訴外松元ヨシが所有していたが、控訴会社は昭和四九年七月五日松元から同土地を代金三六〇万円で買い受け、同月九日所有権移転登記を経由した。

(二) 被控訴人ヨシ及び昭男は、昭和四九年七月六日以降別紙物件目録記載(一)の土地の一部である同目録記載(三)の土地部分を共同して占有している。

(三) 右土地部分の同日以降の相当賃料額は一か月七六八四円である。

(四) よって控訴人は被控訴人ヨシ及び昭男に対し反訴請求の趣旨どおりの判決を求める。

二  被控訴人北澤

(控訴人の請求の原因に対する認否)

1 請求の原因(一)のうち別紙物件目録記載(一)の土地がもと訴外松元ヨシの所有であったこと及び右土地につき控訴会社のためその主張の所有権移転登記がされていることは認めるが、その余の事実は不知。

2 同(二)のうち別紙物件目録記載(二)の土地の上に建物が存在することは認める。右建物は、訴外北澤清貴所有の同目録記載(五)の建物である(同目録記載(四)の建物の登記は、(五)の建物に対する仮処分登記のためにされたもので実体に合わない。)。その余の事実は否認する。

別紙物件目録記載(二)の土地及び(三)の土地部分は、横浜市港北区日吉町字谷戸三七番八の土地(一八三・一三平方メートル。同番二から分筆)と同番二の土地(二八一・五〇平方メートル)の一部とから成るものであり、被控訴人ヨシ及び訴外板垣富美子は、相続により昭和二七年一一月七日先代板垣重蔵からその所有の分筆前の同番二の土地の所有権(持分各二分の一)を取得した。

3 同(三)の事実は否認する。

(抗弁)

1 仮に、別紙物件目録記載(二)の土地及び(三)の土地部分が、右三七番八及び同番二の一部ではなく三六番一の土地(同目録記載(一))であるとしても、

(一) 被控訴人ヨシ及び訴外富美子は、昭和二七年一一月七日右(二)の土地及び(三)の土地部分を相続により自己の所有地となったものと信じ占有を開始した。そして被控訴人ヨシ及び訴外富美子は昭和二八年一〇月一日訴外北澤まつに賃貸したが、まつは右地上に別紙物件目録記載(六)の建物を建築し爾来被控訴人ヨシ及び訴外富美子の占有代理人(右両名からの賃借人)として占有した。

(二) まつは、昭和四七年一一月七日において右同様賃借人として占有していた。

(三) よって被控訴人ヨシ及び訴外富美子は昭和四七年一一月七日の経過をもってこれら(共有持分権各二分の一)を時効取得した。

(四) 訴外富美子は同月一七日死亡し被控訴人昭男が富美子の権利義務一切を相続した。

(五) 被控訴人ヨシ及び昭男は本訴において取得時効を援用した。

2 仮に控訴会社が訴外松元と三六番一の土地を買い受ける契約を締結したとしても、右売買契約は、控訴会社において富美子や被控訴人らが長期にわたって占有(被控訴人北澤以外にあっては、代理占有)していることを十分認識しながら、賃借人まつが旧建物を取り壊して別紙物件目録記載(五)の建物を建築するまでの間隙をねらって、被控訴人らの時効取得の主張を封じ四〇〇〇万円以上の不当な利益を得んがために現況一一二坪ある土地の代金を公簿上の地積である二九・九三平方メートルを基準として算定して取得したものであって、公序良俗に違反する無効なものであり、仮に有効であったとしても右行為によって取得した土地所有権を被控訴人らに主張することは信義則に違反し、又は権利濫用として許されない。

3 控訴会社は、昭和四九年七月九日所有権取得登記を経由しているが、右2で述べた事情の下に買い受けたものであるから背信的悪意者というべきであり、被控訴人ヨシ及び昭男の時効取得を否定し得ない。

三  被控訴人ヨシ及び昭男

(控訴人に対する請求の原因)

1(一) 別紙物件目録記載(二)の土地及び(三)の土地部分は、横浜市港北区日吉町字谷戸三七番八の土地(一八三・一三平方メートル。同番二から分筆)と同番二の土地(二八一・五〇平方メートル)の一部とから成るものであり、被控訴人ヨシ及び訴外板垣富美子は、相続により昭和二七年一一月七日先代板垣重蔵からその所有の分筆前の同番二の土地の所有権(持分各二分の一)を取得した。

(二) 被控訴人昭男は、昭和四七年一一月一七日富美子の死亡により同人の右共有持分権二分の一を相続した。

2 仮に右主張が理由のないものとしても

(一) 被控訴人ヨシ及び訴外富美子は、昭和二七年一一月七日右(二)の土地及び(三)の土地部分を相続により自己の所有地となったものと信じ占有を開始した。そして被控訴人ヨシ及び訴外富美子は昭和二八年一〇月一日訴外北澤まつに賃貸したが、まつは右地上に別紙物件目録記載(六)の建物を建築し爾来被控訴人ヨシ及び訴外富美子の占有代理人(右両名からの賃借人)として占有した。

(二) まつは、昭和四七年一一月七日において右同様賃借人として占有していた。

(三) よって被控訴人ヨシ及び訴外富美子は昭和四七年一一月七日の経過をもってこれら(共有持分権二分の一)を時効取得した。

(四) 訴外富美子は同月一七日死亡し被控訴人昭男が富美子の権利義務一切を相続した。

(五) 被控訴人ヨシ及び昭男は本訴において取得時効を援用する。

(六) よって被控訴人ヨシ及び昭男は控訴人に対し前記物件目録記載(二)の土地及び(三)の土地部分(原判決別紙物件目録記載(一)の土地は、この両者を合わせたもの)につき各二分の一の共有持分を有することの確認を求めるとともに、これらが控訴人主張の三六番一の土地(別紙物件目録記載(一)の土地)に当たる場合には、附帯控訴による新たな請求として、同土地につき被控訴人ヨシ及び昭男のため昭和二七年一一月七日時効取得を原因として共有持分各二分の一の所有権移転登記手続をすべきことを求める。

(抗弁に対する認否)

別紙物件目録記載(一)の土地につき昭和四九年七月九日控訴会社のため所有権移転登記がされていることは認めるが、その余の事実は不知。

(再抗弁)

控訴人の被控訴人北澤に対する請求に関する同被控訴人の抗弁2及び3と同一であるから、これを引用する。

(反訴請求の原因に対する認否)

1 反訴請求原因(一)のうち別紙物件目録記載(一)の土地がもと訴外松元ヨシの所有であったこと及び右土地につき控訴会社のためその主張の日に所有権移転登記がされていることは認めるが、その余の事実は不知。

2 同(二)のうち別紙物件目録記載(三)の土地部分が別紙物件目録記載(一)の土地の一部であることは否認するが、その余の事実は認める。

3 同(三)の事実は否認する。

第三証拠関係《省略》

理由

一  別紙物件目録記載(一)の土地(以下「本件(一)土地」という。)がもと訴外松元ヨシの所有であったこと、及び昭和四九年七月九日右土地につき控訴会社のため所有権移転登記がされていることは当事者間に争いがなく、《証拠省略》を総合すると、控訴会社は、同月五日松元ヨシから本件(一)土地を代金三六〇万円で買い受け前示の所有権移転登記をしたことが認められる。

二  他方、《証拠省略》によると、横浜市港北区日吉町字谷戸三七番二及び同番八の土地(同番八の土地は、昭和四九年五月二一日三七番二土地から分筆された。以下これらの土地を「三七番二土地」及び「三七番八土地」という。他の地番の土地についても、これに準ずる。)は、被控訴人板垣ヨシ及び訴外板垣富美子が昭和二七年一一月七日相続により所有者たる先代板垣重蔵から各二分の一の共有持分権を取得し、昭和四七年一一月一七日富美子の死亡により被控訴人板垣昭男が富美子の右持分権を相続したことが認められる。そして、《証拠省略》を総合すると、被控訴人ヨシ及び訴外富美子は、昭和二八年一〇月一日別紙物件目録記載(二)の土地及び(三)の土地部分(以下「本件(二)土地」及び「本件(三)土地」という。)を右認定の両名の共有に属する三七番二土地の一部として北澤まつに賃貸し、まつは同年一二月同地上に別紙物件目録記載(六)の建物(アパート。以下「本件(六)建物」という。)を建築して本件(二)、(三)土地を占有使用していたが、被控訴人ヨシ及び昭男は、昭和四八年一二月三〇日まつに対する賃貸借契約を更新するに当たり本件(三)土地の返還を受け本件(二)土地のみを賃貸したこと、被控訴人ヨシ及び昭男は、引き続きまつに賃貸することになった土地部分を登記上も明確にする意図で、昭和四九年五月二一日、三七番二土地から本件(二)土地を分筆しこれを三七番八として登記を了し、返還を受けた本件(三)土地は三七番二土地の一部として更地のまま保有していること、まつは同年四、五月ころ本件(六)建物を取り壊し、同年六、七月ころ本件(二)土地に家屋の建築に取りかかり、同年九月別紙物件目録記載(五)の建物を完成したことがそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はない。

三  右二で認定した分筆の経緯からすると、本件(二)土地は三七番八土地であり、本件(三)土地は分筆後の同番二土地に属することになるわけであるが、それには右分筆が他の地番の土地を取り込んでしたものでないことが前提であるから、以下この点につき検討する。

《証拠省略》を総合すると、本件(二)、(三)土地及び周辺一帯は全体に北から南へ下がる傾斜のある地形をしており、そのうち本件(二)、(三)土地は、南東側が公道に接し、北東の隣地三四番五及び北西の隣地三六番八、九は一段と高く、右二で認定した昭和二八年の北澤まつ賃借当時は、北東隣地との間には一・二メートル以上の段差があり、北西隣地との間には約二・七メートルのコンクリート擁壁があったものの、それ自体は平坦地であり、このように北東、北西側の各隣地及び南東側の公道とは地形上もはっきり区切られていたのに対し、南西に向かっては多少の高低はあっても地続きになっていて本件(二)、(三)土地は三七番二土地の一部と見られる状況であったこと、まつが被控訴人ヨシ及び訴外富美子から両名共有の三七番二土地の一部として本件(二)、(三)土地を賃借した直後の昭和二八年一二月に同地上に本件(六)建物を建築したことは右二で認定したとおりであるところ、その建築確認及び保存登記における敷地の位置及び建物所在地は問題なく三七番地二として処理され、それ以来同人は本件(六)建物を所有して本件(二)、(三)土地の賃借人としてこれを占有使用してきたものであって、控訴会社が右一で認定したように昭和四九年に三六番一の本件(一)土地を買い受けるまでは、右まつの本件(二)、(三)土地の占有使用及びこれを介しての被控訴人ヨシ及び訴外富美子(その死亡後は、被控訴人昭男)の代理占有に対し何らの問題も生じなかったこと、特に、控訴会社の前主松元ヨシは、昭和四一年にその所有の三六番二土地を同番一土地に合筆した上、昭和四四年にかけてこれを八区画(私道敷を含む。)に分筆して他に分譲したが、その後は最早自分の所有地は残存しないものと思っていたものであり、三六番一土地を所有していた昭和一八年から昭和四九年までの間本件(二)、(三)土地を使用し又は管理したことがなかったこと、そして、前示三七番八の分筆に際し取り込まれたと考えられるような土地は右三六番一土地以外にはないこと、等の事実を認めることができ、また、三六番一土地につき松元ヨシより前の所有者にさかのぼってみても、本件(二)、(三)土地を使用し管理したり、これが三六番一土地に属するとの主張をしたりしたという形跡は、証拠上全く認めることができないところである。

これらの事実関係からすると、三七番八の分筆は他の地番の土地を取り込んでしたものではなく、本件(二)、(三)土地は右分筆前の三七番二土地に属し、これから本件(二)土地が三七番八として分筆されたものと認めるに十分である。本件においては区役所備付けの公図の写しとして、《証拠省略》が提出されており、これらに画かれている三四番五土地、三六番一土地及び三七番二(ないし同番八)土地の相互の位置関係は右認定と趣を異にするけれども、次の四で詳述するようにこの点に関するこれら各証の記載には証拠価値を認めることができず、ほかには、右認定を動かすに足りる証拠はない。

四  右三の末尾で説示したように、区役所備付けの公図の写しとして提出された所掲の甲、乙号各証は証拠価値が認められないものであるところ、この点につき敷衍するに、まず、これら甲、乙号各証は、その記載の体裁並びに《証拠省略》における縮尺六〇〇分の一という記載からすると、区役所備付けのものは旧土地台帳附属地図の副本であり、右の甲、乙号各証はこれを写したもの(《証拠省略》は、そのまま写し)であることが認められる。ところで、これら甲、乙号各証には、三六番一土地が三四番五土地と三七番二(ないし同番八)土地との間に割って入った形で突出しているように画かれているので、その位置関係からすると、前示三七番二から同番八の分筆は右の三六番一土地の突出部分を取り込んでいることになり、そのようなことはないという右三の事実認定を妨げるもののごとくである。

ところで、一般に「公図」と呼ばれている旧土地台帳附属地図は、地租徴収の資料として作成されたという沿革、作成当時における測量技術の未熟等にかんがみ、不正確なものであることはおよそ否定し難く、それ自体では係争土地の位置及び区画を現地において具体的に特定する現地復元力を有しないものとされている。そこで、訴訟の実際においては、かかる公図に加えて、筆界杭、畦畔等の物的証拠及び古老や近隣の人の証言等の人的証拠によって、当該土地の位置や区域を特定しているのであるが、このことは裏を返せば、公図の証拠価値はかかる物的、人的証拠によってはじめて決まるものであり、かかる物的、人的証拠がないときは、公図のみでは何の役にも立たず、本証としてはもちろんのこと反証としてもその証拠価値を認めることができないことにならざるを得ない(証言や本人供述であれば経験則に照らしてそれ自体の証拠価値を判断することができるのであるが、公図にあってはそれができないのである。)。

右に説示したことは、本件におけるように甲地と乙地との間に丙地が割って入っているかどうかという複数の土地相互間の位置関係についても、何ら異なるところはない(かような位置関係については話はまた別だ、という理由を見い出すことができない。)。公図としてそれなりのものがあり、これには丙地が割って入った形で画かれていても、現地としては甲、乙両地が相隣接しているということで長期間安定している場合には、その公図が果たして三つの土地の当初の実態に即して作成されたものであるのかという疑問を生じ、長年月にわたって安定している状況を、公図とは違うという理由だけで変更することはできず、結局のところは、公図以外の物的・人的証拠によって三つの土地相互の位置関係を認定するほかないのである。

これを本件について見るに、三六番一土地が三四番五土地と三七番二(ないし同番八)土地との間に割って入った形で突出しているのであれば、それにふさわしい何らかの形跡や右突出部分の使用管理に関する物的・人的証拠が見付かってしかるべきである。にもかかわらず、右突出部分のことが本件当事者間で問題になってから既に十数年になるというのに、右の点の手掛かりになるような証拠さえも提出されていないのであるから、前掲甲、乙号各証の公図写しのみをもってしては、客観的事実関係に裏付けられた前記三の認定判断を動かすことは到底できないものというべきである。ちなみに、《証拠省略》によれば、松元ヨシは、三六番一の本件(一)土地(公簿面積二九・九三平方メートル(九・〇五坪))を控訴会社に売るに際し、藤原寛治弁護士を代理人として契約したものであるが、同弁護士は登記簿のほか公図も調査した上現地に当たったけれども、売買土地は実測零になることも逆に大幅に縄延びして一一〇坪くらいになることも考えられるとして、契約書中に後日実測面積に増減があっても双方とも何らの請求もできない旨の条項を特に加えたことが認められるところ、このことは、弁護士たる同人自身本件の公図の記載を正確なものとは信じておらず、むしろ多分に疑問を抱いていたことを物語るものであり、ひいては、右公図の記載に証拠価値を認めなかった当裁判所の判断を裏書きするものである。

五  以上のとおりであるから、本件(二)、(三)土地は被控訴人ヨシ及び昭男共有(持分二分の一ずつ)の三七番八土地及び同番二土地の一部であって、控訴人主張の本件(一)土地ではないことになるので、本件(二)、(三)土地が本件(一)土地であることを前提とする控訴人の原審以来の請求及び当審における反訴請求並びに被控訴人ヨシ及び昭男の附帯控訴による新たな請求はいずれも理由がなく、右被控訴人両名の本件(二)、(三)土地につき所有権(持分二分の一ずつの共有)確認を求める請求は理由がある。

よって、控訴人の原審以来の請求を棄却するとともに被控訴人ヨシ及び昭男の請求を認容した原判決は結局において相当であるから本件控訴を棄却し、ただ物件目録が当審で差し替えられたので、これに伴い所有権確認に係る原判決別紙物件目録記載(一)の土地の表示を本判決別紙物件目録記載(二)、(三)の土地に改める(土地範囲には変わりがない。)ため、原判決主文第二項を補正することとし、控訴人の当審における反訴請求並びに被控訴人ヨシ及び昭男の附帯控訴による新たな請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条及び第九二条を適用し、主文のように判決する。

(裁判長裁判官 賀集唱 裁判官 安國種彦 伊藤剛)

<以下省略>

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